一時は、住民でさえ近づくのを嫌がった隅田川ですが、現在は水上バスが行きかい、川の水も澄んで泳ぐハゼなどが見えるまでに復活しているそうです。その間花火大会は行われていなかったそうです。隅田川花火大会、歴史は新しいようですが、本当は江戸時代から続く習慣なようです。打ち上げ場所も現在より下流の両国橋辺りが中心だったそうです。中止となる直前、昭和34年には5尺玉の打ち上げも禁じられています。
実は隅田川花火大会という名称が使われるようになったのは、昭和53年からのことで、それ以前は「両国の川開き」と言われていたそうです。この時、川端の料理屋が死者の霊を供養する会を催し、その余興で許可のもとに花火を上げたという記録が残っているそうです。「両国の川開き」は、江戸時代、享保18年(1733年)にさかのぼるそうです。八代将軍吉宗が、悪疫退散と、伝染病などからの死者の霊を弔うために両国橋の近くで「水神祭」を行ったそうです。第1回目の花火コンクールが行われた1948年当時は、泳ぐ魚が見えるほど川は澄んでいて、花火師の中には舟から飛び込む人もいたそうです。
Posted by has03 | 2010年3月 8日 19:56 | パーマリンク